大企業と中小企業との協業って、なかなか難しいですよね。
まず信頼関係を築くのがたいへん。
中小企業からすると物怖じしがちです。
一方で大企業からすると、大企業の論理を押しつけがちです。
そんな中、素晴らしいと思ったイベントがありました。
6月1日、キリンビールが主催するクラフトビール体験型イベント「HELLO CRAFT BEER WORLD」が開催されました。
登壇したのが、「よなよなエール」などのクラフトビールで有名なヤッホーブルーイングの井手直行社長です。
井手さんは…
「僕らだけではパワーが弱いからキリンさんが音頭をとってやってくれる。頼みますよ。キリンさんね!」
とタメ口。キリンビール・堀口英樹社長の肩にガシッと手をかけていました。
まるで飲み会で同僚と仲良く肩を組んでいるかのようなノリ。
堀口社長もニコニコと嬉しそうに笑っています。
私は今から9年前の2014年9月、ヤッホーブルーイングとキリンビールの資本提携をする記者会見を取材したことがあります。
キリンビールがヤッホーに33.4%出資し、ヤッホーのビールを製造するのが提携の内容です。
当時、小規模なクラフトビール企業のヤッホーブルーイングは、製造能力が限界に達しつつありました。お客様の需要に対応するためには、大手ビールメーカーに製造委託する必要があったのです。一方でキリンも、当時、将来の成長が見込まれていたクラフトビール市場の拡大を狙っていました。
この資本提携発表記者会見でも、井手社長のノリは首尾一貫していました。
会見終盤、テーブルの上にあった自社ビール「よなよなエール」を二つ手に取りました。
そしてキリンの磯崎社長(当時)に「では、乾杯しましょう!」と声をかけ乾杯。
二人でグイッと飲んだあと、磯崎社長に「どうですかーっ?!」と聞いたのです。
こんなときビール会社の方が言う言葉は一つしかありません。「旨い!」。
当時今ほど有名ではなかったよなよなエールを、大手ビールメーカー社長に記者会見で「旨い」と言わせたのです。
実はこの提携にあたり、井手社長は磯崎社長にある不安を打ち明けたそうです。
「大企業のトップは数年で交代します。磯崎社長が熱心でも、次の社長がクラフトビールを冷遇する可能性もありますよね」。笑顔だった磯崎さんの表情が一変しました。カッと目を見開き、前のめりの姿勢で「井手さん、そんなことは絶対にありません」。この時の真剣な表情を見て、「磯崎社長は絶対に信頼できる。一緒にクラフトビールを盛り上げ、ビールファンにも喜んでもらえる」と確信しました。
(「クラフトの旗手井手直行氏(19)キリンビールと提携」日経MJ 2021年5月28日)
6月1日のイベントでの井手社長と堀口社長の振る舞いから、9年間、磯崎社長の約束がしっかり守られていることが伝わってきました。
企業規模が大きく異なる両社の提携に、ヤッホーブルーイングの社員も井手社長と同じような不安を抱えていたのではないでしょうか。
今回の会見で、9年前の会見を思い出しながら、トップ同士がフラットな関係でビジネスを推し進めている姿を明確に開示することは、それを見ている社員や、他の地ビール関係者にも安心感を与えるのだ、と感じました。
1994年の地ビールブーム以来、ここ数年、醸造所が増加し、地ビール人気が再燃しています。
ぜひ今後のクラフトビール市場を盛り上げていただきたいですね。