ある有名外資系企業の新戦略発表会でのこと。
トップのプレゼンで、プロジェクターに映しだしている資料と、話している内容が、かみ合わない場面が長く続きました。それは明らかに資料の操作を行っているスタッフのミスでした。企業のトッププレゼンを見る機会も多いのですが、これほど初歩的な失敗はあまりお目にかかったことのないもの。
そのトップは失敗を不満に思ったのか、突如話すのを止め、壇上で腕組みし、立腹した表情を見せたのです。
ここはメディア関係者を招いている公式発表会。トップは会社を代表する立場として見られています。もし自分のミスでなくとも、怒りをスタッフに向けるくらいでしたら、自ら聴衆側に一言お詫びする方が良いと感じました。
しかし、実はもっと怖いことがあります。
メディアに出るということは、多くの自社社員も見ているということです。トップの心のあり方を社員は敏感に感じ取り、会社全体に広がります。一見、「トップ広報はメディアに向けたもの」と思われるかもしれませんが、社員にメッセージを伝える場でもあることを、ほとんどのトップは意識されていないようです。
その後、この外資系企業は、会見で発表した戦略が2年以上経過してもほとんど形になっておらず、苦戦しています。
一方、ある外資系メーカーのブランド戦略発表会でのことです。
トップは、自分のプレゼン後、会場の客席から部下二人が緊張した様子で行っているプレゼンを見つめていました。私はトップのすぐ後ろの席に座っていたのですが、微動だにせず真剣な表情で見守っているのです。そのまなざしは、「上司として厳しい評価の目」というよりは、「任せた」というような腹決めが感じられました。
そして、会見中最も印象的なシーンが訪れました。極度に緊張しながらも無事話し終わった部下に対して、そのトップは座席を立って自ら歩み寄り、メディアの前でがっちりと握手したのです。
「外資系だし欧米式の儀式だろう」と思われる方もいるかもしれません。しかし、この握手によってイベントの成功を印象づけ、部下へのねぎらいとチームが一枚岩になっていることを社会へ向けて強くアピールすることができたのです。
そして、更に大事なことは、トップの形だけではない「腹決め」が、何も言わなくとも態度から社員に、そしてメディアを通して市場に伝わっているということなのです。
この外資系メーカーは、現在も国内シェアトップの王道を走り続けています。
企業においてのトップとは、一般社員にとって「違う世界の人」であるのではないでしょうか?それが、トップの意図と反して「孤高のカリスマ」となってしまうケースも多いのです。国内最強とまで言われた企業のトップ退任のケースも記憶に新しいところですが、こうなってしまうとどんなに上手くいっている企業でも、その末路は遅かれ早かれ訪れることになるでしょう。
トップの腹決めは、トッププレゼンから無言のメッセージとして社員に伝わり、そして社会に伝わるのです。