日本銀行(日銀)は銀行ですが、普通の銀行とはかなり違います。
日銀は、お金を刷る権限を持っています。さらに金利の方向性も決めることができます。
日本銀行は、日本の中央銀行。日本経済の大事な舵取りの一役を担っているのです。
今年4月に、この日本銀行の総裁に就任したのが、植田和男さんです。
日銀総裁でとても大事なのが、今後の金融政策の方向性を語るメディアとのインタビューです。
一般的な話ですが、組織のトップのプレゼンは、市場や組織を動かします。
しかし日銀総裁のプレゼンの影響力は、ケタ違いです。
経済学者のケインズは「中央銀行が金利の誘導目標を明確に示すことで、金利動向の様子をうかがう投資家もそれになびいて行動する」と述べています。
日銀総裁のちょっとした一言、ほんの少しの間、目線で、市場関係者は裏にあるメッセージを読み取って、株式相場や為替相場が大きく動く、ということです。
日銀の施策一つで、金融関係者は大金を稼いだり失ったりします。だから皆、真剣に日銀総裁の話を聞きます。
あなたはプレゼン中に、思わず言葉が詰まって間を取ることってありませんか?
普通のプレゼンなら何の問題もないこんな仕草でも、日銀総裁がやると相場がいきなり下落したり、高騰したりするのです。
想像も出来ないほどすごいプレッシャーですよね。
では新たに就任した植田総裁のプレゼンは、どうなのでしょうか?
6月16日の会見で、植田総裁は、紙を読み上げずに正面を見据えながら明言しました。
「粘り強く金融緩和を継続していく。賃金の上昇と2%の物価安定の目標を持続的・安定的に実現することを目指す」
植田総裁の良い点は2つあります。
1つ目は、大事なメッセージを自分の言葉で話すこと。
紙を見ずに自分の言葉で話すと、自信を伝えることができるのです。
「紙を見ず自分の言葉で語ること」は、人を動かす経営トップにとっては当たり前のことですよね。
「このトップ自信がなさそうだ」と見られると人は動いてくれません。
しかし、日銀総裁が紙を見ずに話すことがいかに凄いことかは、相場の反応を見ると分かります。
会見中、「金融緩和は続く」と判断した円相場は141円台まで円安が進み、輸出関連の株価も上昇。日経平均株価は2日ぶりに33年ぶりの高値更新しました。やはり日銀総裁のプレゼンは、それこそ異次元の重圧なのです。
良い点の2つ目は、明言せずともメッセージ力を強めていること。
「正直、物価の下がり方が思っていたよりやや遅いかなと思う。資産価格の高まりも続いている。行きすぎると金融的不均衡につながり、将来マイナスの影響を及ぼす」
「次の金融政策決定会合までの間に、新しいデータや情報が入る。それに基づき前回とは違ったある程度のサプライズが発生することもやむを得ない」
このように語った植田総裁は、会見で緩和維持を明言する一方、サプライズ修正の可能性も示唆していました。
サプライズ修正とは、「市場関係者が想像もしていない方法で、金融政策をいきなり修正するかもしれませんよ」ということ。
前任者の黒田総裁は、よくこのサプライズをやっていたので、「黒田バズーガ」と言われていたりしました。
植田総裁は、修正について語るときは、紙を見ながら慎重に話していたのも印象に残りました。おそらく執行部との議論を丁寧に伝えようとする意識が働いたと思われます。
緩和姿勢継続を示すと同時に政策とのバランスも保ちつつ、サプライズにも含みを持たせて話しているのです。
市場は「いつ長期金利上限を撤廃するサプライズがあるのか」に大きく注目しています。この注目に最大限応えながらも、含みを持たせることで強く印象に残しているのです。
ビジネスパーソンも学ぶべきことが多い植田総裁のプレゼンですが、一つ異なる点があります。
それは植田総裁が、その場にいる聴き手だけではなく、市場と対話しているということ。
日銀総裁の大事な仕事は、市場の空気を作ること。
植田総裁は市場と対話しながら、市場の空気を作りだしているのです。
いま、日銀は異次元の金融緩和を続けています。
植田総裁は、いつ、どのように金融緩和を終わらせるのか慎重に見極めているのではないでしょうか。今後も植田総裁のプレゼンに要注目です。