今は全く運転しませんが、10年前までほんの少し車に乗っていたことがあります。高速道路で、独特の低い車体がバックミラーに映ったかと思うと、あっという間に抜いていく車がポルシェでした。
そのポルシェ、2016年12月20日に新型パナメーラ発表会でポルシェ・ジャパン、七五三木(しめぎ)敏幸社長のプレゼンがあるということで取材に行って参りました。
場所は、恵比寿ガーデンプレイスの中にある、ミシュラン三つ星を10年間獲得し続けているフレンチレストラン、「ジョエル・ロブション」です。
ジョエル・ロブションの建物はヨーロッパのお城をイメージして建てられています。発表会が始まると、お城をバックに迫力あるエンジン音を響かせてポルシェが乗り入れてきました。すると、タキシードに、18世紀仮面舞踏会のような仮面を被った一人の紳士が運転席から降り立ちます。紳士がゆっくり仮面をとると…なんと七五三木社長だったのです。
なんと華やかな登場シーン。
七五三木社長は、「ポルシェ・ジャパン、七五三木ではなく、今宵はシャトー・パナメーラの城主、七五三木です」と名乗り、プレゼンが始まりました。
「この世で嫉妬ほど多種多様なものはない。そうです、私はこの車に嫉妬しています。これほど完成度の高いものがこの世にあるのか?私もこうありたかった」
「機能と美しさ、これを具現化している地球上にこれ以上のものはあるでしょうか?そうです。パナメーラです。それがその具現化です…」
かなり練習されたと思います。さながらシェイクスピアのような美しい台詞を、表現力たっぷりに身振り手振りを使い、プロンプターも見ないで間違えずに話し続けておられました。声も、息を混ぜながらホスピタリティを感じさせるトーンで「城主」という役柄にぴったり。これだけ演じられるトップも珍しいでしょう。
更に、シャトー・ロブションというロケーションを活かした18世紀ヨーロッパの仮面舞踏会のような演出も雰囲気抜群。さすがポルシェと思わされました。
しかし、一つだけ気になることがありました。
それは、せっかく覚えて話していたのに、なぜか社長のパッションが伝わってこないもどかしさを感じたのです。
シェイクスピアを演じるプロの役者は、長い台詞を完璧に覚え、自分の中で完全に消化した上で、自分ごととして語るからこそ、お客さんの心を揺さぶる演技ができます。これはトップ経営者といえども真似できません。
しかし、トップ経営者しかできないことがあります。
それはトップが腹の底から自分の言葉で、会社のビジョンや戦略を市場に生々しく語り、伝えることです。
だから、トップのプレゼンに説得力を持たせるためには、「自分ごと」として話し、言葉に魂を吹き込むこと。そうしたトップの情熱が、メディアを通して社会に伝わり、市場が動くのです。パッションは熱量で伝わります。
今回の会見で、七五三木社長は「城主」を演じ、「私」という主語は、ポルシェ・ジャパンのトップではなく「城主」でした。完璧に演じるほど、トップしか語り得ない「自分ごと」から離れてしまい、強いメッセージ力が伝わりにくくなってしまったのです。これだけの表現力やテクニックを持ち合わせ、もしご自身の言葉で話していたなら、格段に高い説得力を発揮できたと思います。今度は、ぜひトップご自身の言葉で語るプレゼンも聞いてみたいと思いました。
しかし、「自分の言葉」とは、組織の代表として話すとき、もしかしたら意外と忘れがちなことかもしれませんね。
これは、トップだけではなく、どんなビジネスマンでも同じです。
少しくらいゴツゴツしていても良いと思います。自分の言葉で語ることです。そうすることで説得力が格段に増していくのです。
詳しくは、月刊『広報会議3月号』に執筆記事が掲載されています。もしよろしければご覧ください。