プレゼンや商談では、相手を説得しなくてはならない場面も多いですよね。でも本当に正しく誤解なく伝えた上で、人を説得することは難しいことが多いもの。これは人が物事を自分の受け取りたいように解釈しようとしがちだからです。とくにSNSやメディアにあらゆる情報が溢れている現代において、理論による説得だけでは人は信用しなくなりつつあります。
話し手が主張したいことと、聴き手の感情や思い込みの間に、情報伝達の「ゆがみ」が生じているのです。
このような場合に相手を説得するには、論理を主張するだけでは伝わりません。情報伝達の「ゆがみ」を可能な限り解消していくことが必要です。
ここで武器になるのが、レトリック。
レトリックというと「あの人はレトリックがうまい」というように使われて、「言葉巧みに論点をすり替える技法」と思われがちです。しかし本当は違います。
レトリックとは「修辞学」。人を感動させるための表現方法を研究する考え方のことです。感情や思い込みの「ゆがみ」を解消するためには、レトリックで相手に感動してもらうことです。
英語学者で評論家の渡部昇一氏はレトリックを用いて人を説得するには以下、三つの原則があると言います。
【第一の原則】:説得しようと思っていることに確信を持つこと。
自分は正しいと思っていなければ説得力が下がるからです。
【第二の原則】:客観的に証明できる部分で争わないこと。客観的に証明できないことについて相手を納得させようとしているという自覚を持ち続けること。
【第三の原則】:比喩を使うこと。
イメージ伝達に欠かせない方法です。
とくに第一の原則が足りないとレトリックの効果は激減します。「正しいと思わないけど会社の命令だから仕方がない。なんとかレトリックの技術で説得しよう」と思っても、気持ちは聴き手に伝わります。レトリックを使ったばかりにかえって「不誠実な人物」という印象を与え逆効果です。
第二の原則は、「円周率」のようなロジックで証明できることではなく、「安室奈美恵と浜崎あゆみではどちらの歌唱力が上か」というような、理論で説明できないものを相手に説得しようとしていると認識しておくことです。
第三の原則である比喩は、情報伝達の「ゆがみ」を解消するのに最適です。たとえば、言いたいことを絵や図で表せば一瞬で伝えることができます。
ソフトバンク代表取締役会長兼社長執行役員・孫正義さんは、レトリックの達人です。
2021年2月8日に行われたソフトバンクグループ2021年3月期第3四半期の決算発表で、孫さんは金の卵を産むガチョウの比喩を使い「ソフトバンクは金の卵の製造業である」と強く印象づけました。
ソフトバンクの時価総額は、負債を考慮に入れると9兆円、負債を差し引けば17兆円。資金の借り入れによって事業を拡大しています。しかし、「負債は“ガチョウのエサ”にすぎない」と孫さんは確信を持って主張します。
「金の卵」とは、ソフトバンクが出資した後に上場したり、100億円以上で売却したスタートアップを指しています。孫さんは、「金の卵を計画的に、仕組みを持って生んでいくのがソフトバンクグループである」と、チャートにガチョウと金の卵をグラフにして見せながら説明していました。
レトリックを用いた説得的なプレゼンテーションだったと思います。
ただし海外でレトリックを用いる場合、気をつけておくべき点があります。文化的背景によって捉え方が違ってくるのです。たとえば日本では、子どもの頭をなでるのは褒めることになりますが、インドでは頭に神が宿るのでNGです。
今回、孫さんの用いた「ガチョウと黄金の卵」は、世界的に有名なイソップの寓話が元になっています。グローバルへ十分に配慮していました。
レトリックを用いる場合、しっかりした論理、主張を持っていることが必要です。論理のないレトリックは、単なる言葉のゲームであり、ごまかしでしかありません。説得できないどころか信用を落としてしまいますので、注意が必要です。
【参考文献】
渡部昇一(2017)『知的人生のための考え方 わたしの人生観・歴史観』PHP研究所